Little AngelPretty devil ~ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “禍殃かおう来たるに門を選ばず~付け足り篇
 



 誰ぞか人が召喚し、中途半端な咒術であったがため、力を得たまま暴走していた、ムカデの大邪妖に襲い掛かられていた、小さな小さな子トカゲを庇ってのこと。負傷した上、身を蝕
むしばむほどもの瘴気を浴びてしまい、陰の結界の中に自ら封じられ、浄化と治癒に専念することとなった蜥蜴の総帥。どこから見ても遜色の無いほどに完全な人の姿になれて、腕っ節が強いのは言うに及ばず、陰の咒を使いこなせもし。その生気の濃さ強さから、自分の身のみならず他人の負傷疲弊まで癒す事が出来るほどの格の存在の彼であれ、小さな子供と自らとを癒すのに三日三晩かかってしまい、何とか出て来たその時は力尽きたそのまま“腹が減った”と目を回したほど。自分たちの気配を隠すためにと張られた陰の結界により、大地や大気との接触を断たれたことから、ただでさえ消耗していた手持ちの生気のみにて籠もらねばならなくなったせいであり、
「お前も結構、後先考えねぇ奴だよな。」
 そんなでよくもまあ、一族郎党まとめる立場の“総帥”なんてもんをこなせるものだと。ありがたくも枕元についててくれた、盟主で…もしかしたら“恋人”の、金髪痩躯の術師の青年に、呆れ顔にて軽く謗
そしられたが、
「しょうがねぇだろ。血統で継いだようなもんなんだから。」
 不貞腐れ半分に葉柱が言うには、彼らの頭目は断然“血統優先”なのだそうで。余程のこと子供がなかったりあまりに虚弱が過ぎるのを例外に、特別な能力を持つ種である惣領の子孫のみが一族の総帥の座には着くのだとか。
「じゃあ、生まれた時からそうと決まっているものなのか?」
 いわゆる“王族”の生まれという手合いかよと、いかにも鼻先で笑いたそうな口調で訊いた蛭魔だったのへ、
「いや、俺の場合は上に兄貴がいたんだが。」
 ………おや。それは初耳だと、聞いていた術師の青年の表情が微妙に止まる。そんな聞き手の気配の変化にも気づかぬまま、蜥蜴の総帥は言葉を続け、

  「4年ほど前になるのかな。
   何を思ったか、唐天竺へと渡る人間たちの船に乗っちまいやがってよ。」
  「………はい?」

 もしかしてお兄さんは、唐の時代に天竺から経典を授かって来たという、三蔵法師のお弟子さんにでもなりたかったのかな? ちなみに、日本の歴史でいうと奈良時代の人なので、平安の時代には既にお亡くなりになっておられますため念のため。
「まあ、本人は行った先で修行でもして、龍
でもなって飛んで戻ってくるつもり満々らしかったが。残されたこっちは“ああ、そうですか”って訳にはいかねぇ。総帥の存在そのものに命を支えられてるような小さいのもたんといるからの。」
 それで急遽この葉柱が、新しい“総帥”に任じられたのだそうで。つまりは臨時もいいところ。彼自身も兄上が必ず戻ると堅く…というか、漠然とながら信じている節があるらしく。彼らの人より長い寿命とやらを考えると、それも重々あり得ることなのかもしれないかと、蛭魔にも何とか納得はいったらしいが、
“お気楽な一族だよなぁ。”
 寿命が長いとものの考え方も違うんだなぁと、今更ながらに感心した…そんな会話を交わしたのが、葉柱がやっとのことで結界から這い出て来た、その日の夕方、宵の口あたりのこと。まずは抱えていた子トカゲの治癒の方を優先したため、自分の身の方は浄化どまりという案配だったが、これもまた“さすがは邪妖の総帥”だからということか。本人の負っていた少なくはなかった怪我の数々も、その頃合いにはあらかた塞がり、昼の間中かけて大人しく横になっていたことで、生気の方も充足出来たようだからと、
「世話になったな。」
 寝間の上にてむっくりと、上背のあるその身を起こし。そんじゃあ塒へ帰るわと、立ち上がりかかった相手の、長い腕をば掴まえて、
「…何でそうも急
く。」
「いや、何でって言われても。」
 多少は回復したものの、まだ少々覇気も足らず、まだまだ“本調子”とは言えない身。これでは此処に居ても意味ねぇし…と言ったのへ、
「意味がねぇ?」
 おうむ返しに訊き返されて、だから何ぞあっても思い通りに力を出せねぇかも知れねぇしと続けると、

  「これまでだってお前、意味がねぇ居座り方をさんざ してたじゃねぇかよ。」

 こんな言いようで即答されて、そこはさすがに…多少は下からの物言いをしていた葉柱でもカチンと来た。
「あ? 何だよ。そんじゃあ、これまでも毎日毎日 用もねぇのに此処へ来てたのは、邪魔で邪魔でしょうがなかったとでも言いてぇのかよ。」
 なかなか気がつきません不調法者で、申し訳ありませんでしたねぇ…とまで、慇懃無礼な厭味ったらしい物の言いようが出来るような奴だったなら、もちっと話もこじれていたかも。
「気がつかねぇでいて済まなかったな、もうこれからは呼ばれねぇ限りは来ねぇようにするよ。」
 なんて。腹蔵のない言いようを返すような男であったからこそ、

  「………。」
  「んだよ。離せって。」

 掴まれたままの手だと気がつき。多少は邪険になっても仕方がない、振り払おうかと見下ろせば、

  「…こっちは3日も我慢したんだからな。」
  「ああ?」

 同じように腰を下ろして座した姿勢。とはいえ、単に身長差のせいで見えない顔じゃあないと、気がつくまでに…ひと呼吸。晩秋の日暮れの素早さ、辺りはするすると暮れなずんで来たそのまま、火皿の油が尽きたときのようにすぅっと薄暗くなり、常人であればそれでもう、顔の間際に寄せたものさえ、判別出来なくなるものが、

  「………なにを、赤くなってやがる。」
  「うっせぇなっ!////////

 明るい髪色の間から出ていたのは、少しほど尖った耳の先。日頃は色白なままなのを見慣れていたのが、今は…それがそれと判るほど、色を増して見えたから。カチンと来ていた不愉快も忘れて、一体どうしたと訊いて来る朴念仁へ、
「見てんじゃねぇよっ。」
「おいおいおいおいお…。」
 顔を見せないようにと逃げ込む先は。壁や几帳の陰などの遠くへ逃げるか、もう一つ。顎を引いても覗き込めない、本人の懐ろ深くが結構盲点なのだと知ったのは…一体いつの、どんな機会のことだったやら。俯いていたそのままで、膝立ちにまで身を起こし。相手の胸倉へと凭れ込めば、
「…おい。」
 不快だったら、まだ怒っているなら、力任せに剥がせばいいのに。倒れて来たとでも解釈したのか、空いてた方の腕まで伸ばしてくれて…背中まで。反射的な所作とは思えないほどに、ふわりと柔らかくくるみ込んでくれている気配りへ、何とも律義な奴だと感じて、ついの苦笑が洩れてしまった術師殿。

  ――― 何だってんだよ、帰れって言ったり今度は引き留めたりよ。
       帰れなんて言ってねぇよ。
       意味ねぇのに居座るのがどうのこうのって言ったじゃねぇか。
       だから。それが悪いと誰が言った、いつ言った、何処で言った。
       う…?

 ………そういえば。あれ? けどでも、何か。俺、むっと来たぞ、お前の言いようで。知らねぇよ、勝手に勘違いしてんじゃねぇよ。

  「正解は『何を今更、そんなくらいの理由で帰るなんて言い出すかな』ですよね?」

 そうと言いたかった、つまりは最初から引き留めたかったお館様なのにねと。肝心な時に鈍感な邪妖の総帥さんへ、擽ったそうに笑ってしまった瀬那くんへ。あれはあれで楽しいに違いないと、こちらさんもまた珍しくも“大人のご意見”を口にした、大柄な憑神様。…大方、空気の醸していた色合いでも読んでという、極めてストレートな感じ方をしたのに違いなかろうけれど。無粋はよくないぞと自分の小さな主人を窘めて。酒肴を運んで来た高脚膳を、広間の戸口に置き去りにし、こそそと離れて退散退散。そんな心遣いをされたことへも、気づいているやらいないやら。

  ――― あてて…、こら、そこはまだ完治してねぇ、ぐいぐい押すな。
       そういや肋骨もやられてたらしいな、進が言ってた。

 白い手がそぉっと胸板へ伏せられて、
「………ここか?」
 慣れない捜しものをしている子供のような顔、伺うように見上げて来るのへと。まぁなと頷きがてら、葉柱の側でも中腰になりかけていたのを座り直して、どうやら今宵は此処に落ち着く構えな模様。

  ――― 治せるのか?
       まさか。強く押さないようにするだけだ。
       なんだ。まあ、そのままでいてくれても結構回復するがな。
       人の生気を吸いもするのか? お前。
       そうじゃなくて…だから退魔の構えを取んじゃねぇっての。
       そんな危険な奴とは思わなんだぞ?
       だから、笑いもって言ってんじゃねぇっての。

 寒くはないか、もそっとお寄りと、どこから見ても立派なほどの、猫も食わない睦み合いに入られたお二人であるらしく。やっとのことにて取り戻せた、愛しい男の懐ろに眼差し。髪を梳く手に、甘い声。痩躯をくるむ、やさしい温みを独り占め出来て、ようやっと安堵の吐息をついたお館様であったのだそうな。



  ――― ばばの話はこれでしまいじゃ。いい子は早よう、ねんねしんしゃい。







  ~Fine~ 05.11.23.


  *後は皆様のご想像にお任せ、でも良かったのですが。
   選りにも選って筆者本人が不完全燃焼しちゃったので、
   結局はどういう“いちゃこら”をしたのか、書いてみちゃったりしましたvv
   余計な蛇足だったならすいませんです。

ご感想はこちらへvv**

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